宝塚歌劇が女性だけなのは何故?最初の演目や劇団を作ったきっかけは?

世界でも珍しい「女性だけ」で構成されている宝塚歌劇団!

100年以上続く宝塚歌劇団の歴史の始まりは「宝塚少女歌劇団」でした。

宝塚歌劇団ができたきっかけや、女性だけの劇団になった理由をまとめてみました。

宝塚歌劇の始まりを知ると「今」の宝塚歌劇がより楽しく感じられますよ^^

 

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宝塚歌劇団が作られたきっかけは?初演舞台は何?

宝塚歌劇団の初めて公演を行ったのは1914年のこと。今から100年以上も前にできた宝塚歌劇は、現在は兵庫県宝塚市、そして東京にも専用劇場があります。

宝塚歌劇ができたきっかけは、阪急電鉄の創始者 小林一三(こばやし いちぞう)が阪急電鉄を利用してもらうために沿線にレジャー施設を作ったことから始まります。

この時に出来たのが温泉施設「宝塚新温泉パラダイス」!この当時、ファミリー向けに作られた温泉施設の目玉は、温水プール!

屋根付きのプールは当時は珍しくて人気になる予定でしたが、、、温泉プールは室内なのに夏でも寒くて不人気となり撃沈(;_:)ですがこの失敗が100年以上続く歌劇団のきっかけだとは当時は誰も思わなかったでしょう(笑)

利用者が少ない温泉プールの使い方を考えた結果、プールの水を抜いたところに客席を作り、劇場に変えてしまう作戦を決行します。

このプールを改装して作った劇場で公演を行ったのが「宝塚少女合唱団」!

この公演が大当たりします!少女合唱団の公演を始めた年の「宝塚新温泉パラダイス」の入場者数は1日に平均1,100人という盛況ぶりでした。

当時は、温泉施設を利用するための入泉料を払った人は観劇が無料でした。ここも人気が出たポイントでした!

この「少女合唱団」の劇場公演が「宝塚歌劇団」始まりとなりました。

宝塚歌劇の記念すべき最初の演目は、桃太郎を題材にした歌劇「ドンブラコ」!その他には「浮れ達磨」ダンス「胡蝶」を披露しました。

いつの時代も桃太郎って変わらずに愛されていた物語だったんですね!再演があったら面白そうです^^

初演「ドンブラコ」から5年後、宝塚歌劇音楽学校が設立されます。ここから宝塚歌劇団がさらに大きく飛躍していくことになりました。

 

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宝塚歌劇が女性だけな理由は?

世界的にも女性だけの劇団というのは珍しいと言われています。「女性限定の劇団」にしたのは、宝塚歌劇団の創始者 小林一三のアイデアからでした。

三越デパートの店先で「少年合唱団」のパフォーマンスを見た小林一三は、三越が”少年”なら、こっちは「少女合唱団」を作ろうとひらめきました。

この狙いが大当たり!人気となった「少女合唱団」は、この後の宝塚以外での「少女歌劇団」ブームのきっかけとなりました。

少女歌劇団は宝塚で流行後、戦前戦後と宝塚歌劇団と人気を競っていた「松竹歌劇団」、広島の「羽田少女歌劇団」、大阪の「琵琶少女歌劇団」「浪華少女歌劇団」など相次いで誕生!

宝塚歌劇は戦後も復活して現在も100年以上続く劇団となりましたが、他の歌劇団はいろいろな事情で解散という結末を迎えています。

特に戦争が始まる直前には、どの劇団も続けていくことができず一旦は解散という道しかない状況でした。それから戦後に復活できた宝塚歌劇団ってスゴイんだなと改めて思いました。

宝塚では「少女歌劇団」が人気になったことで、一時期は男性の劇団を作るという話も。男性の劇団員は、研究生としてレッスンも受けていたものの、周囲の反対により舞台に立つことなく解散。

もし、男性が出演する舞台をやっていたら今の宝塚はなかったかもしれないです。松竹歌劇団も、男性を劇団員に入れて公演をしましたが、人気は出ずに松竹歌劇団は解散となっています。

 

まとめ

宝塚歌劇団の始まりは、宝塚新温泉パラダイスの温水プールの失敗から生まれたもの。温水プールを劇場に変えて始めた娯楽のひとつが「宝塚少女歌劇団」の舞台でした。

宝塚歌劇団の記念すべき最初の演目は歌劇「ドンブラコ」!

宝塚歌劇団が女性だけの劇団になったのは、三越の店先で「少年合唱」を見た創始者の小林一三が、自分のところは「少女」にしようとしたことで「宝塚少女歌劇団」が誕生しました。

宝塚歌劇の歴史をたどると、興味深い話ばかりです!100年以上続く「清く正しく美しく」の精神は、女性としての潔さを感じるステキな心意気!

これからさらに150年、200年と宝塚歌劇団を存続させていって欲しいです!

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